女装注意
「ただいまー。アミィ、食材買ってきたから、台所に置いとくぞーっ。」
「はーい。おかえりなさい、お兄ちゃん。」
扉を開けて2階に向けてそう叫ぶと、必ず階段の先から帰ってくる声に、いつものように頬を緩ませる。
台所に抱えていたものを全て下ろすと、様子見の為にさり気なく階段をのぼって行ってしまうのもいつもの事。
ただ、今日はいつもと何か違った。
「・・・あ、お、お帰りチェスター・・・。」
いつの間にあがり込んだのだろう親友の姿に、チェスターはこれまでにない程、盛大に吹き出した。
=ベストフレンズ=
床に座りこんで、一緒に手鏡を眺めていただろう2人の視線は今や双方ともが帰宅した青年に向けられていた。
笑われた親友は不服そうにチェスターを睨みつけ、対照的に隣の妹は、それはもう楽しそうに微笑んでいる。
階段を上がったチェスターが見つけたのは、寄り添って二人で一つの手鏡に手を添える妹と親友の姿だった。
普段なら別段どうということは無い光景だが、親友の不自然な容姿に、堪えるにも堪えられない笑いが込み上げてしまうのだ。
「どうしたんだよ、クレス。そんな格好で・・・。」
口を手で覆い、必死に笑いを押さえながらクレスに問う。
親友の衣服は、確かに^“そんな”と言われるに相応しいが、特に目新しい物でもなければ、奇妙な物でもない。寧ろ日常で見慣れているものだ。
しかし、身に纏わせる対象が違った。
彼が身に付けていたのはこの辺りでもよく見かける、地味な色造りをした女性物の衣服だった。裾は踝まで覆っており、袖も肘に当たるぐらいまではある、少々大きめのものだ。 いつものバンダナは今では額でなく頭部に当てがわれており、少女の頭飾りを彷彿とさせるそれは、いつもの様に後頭部で結わかれていた。
彼を知らない人間なら、少しは余所者の少女だと疑っただろう。何せ「戦闘等で動きやすくする為」や「馬に乗る為」などその他諸々の理由で男装をする女性はいくらいても、好んで女装をする男性などはそうそう居ないからだ。
また、この親友の顔立ちが、少々純で幼いからというのもあるのだが・・・。
始めはてっきり隠れた趣味とでも思ったが、二人の現状を落ち着いて見ていると解る。大方、またクレスがアミィの押しに打ち勝てなかったのだろう。
それにしても、こんな服どこで手に入れたのだろう。アミィに合うサイズでもなければ、クレスの物でもあるはずがない。彼は女性用の服など持つ癖が無いのは言わずもがな、マリアさんの物としてもやはり大きめで見かけないものだった。
頬を小さく震わせながら眺めていると、アミィが相変わらずの笑顔で口を開く。
「この間二人が狩りに出かけてる時にね、教会の方で来月の結婚式の準備を手伝ってたんだけれど、その時に新婦の方に貰ったの。引っ越し際に荷物を減らしたいらしくって、少し大きいから裾上げして使ってって。ここの控え目な刺繍が素敵でしょ?」
クレスの胸元で結われているストールのような厚手の肩かけの端を、チェスターに見えるように引っ張ってみせる。
どれどれ、とチェスターが歩み寄って屈み込み、顔を近づける。クレスが相手の頭とぶつからない様にと、反射的に顔を上げた。
細かく美しい刺繍は確かに地味な色をしたこの服を上品な物に見せているが、何にせよ小さいため、相当顔を近づけなければ細部まではまともに見る事もできず、勿体ないのではないかと思えた。
にしてもこれを、クレスが、ねえ。自分の妹が「似合っているでしょう?」と聞いてこようが、この服を着せられた主を改めて理解しては再び噴き出し、喉から堪えられない分の笑いが漏れてしまう。
面白いながら少々悪い気もするので、肩掛けから目を離してそのままクレスを見上げ、軽く謝ろうとすると、羞恥と怒りに耐え続け、下唇を噛みしめるクレスと目が合った。今にも目から涙が零れおちそうな、怒鳴りつけてきそうな勢いの彼の感情は、その表情だけでなく服の裾を力強く握る様子からも見てとれた。
クレスが怒ったとき、拳にものを訴えることはまず無い、と言うことは解っているのだが、なんだか身の危険を感じて、すぐに立ち上がって何歩か後ずさった。クレスは俯いて、口をつぐんだままでいる。
アミィはそんな空気など知ったふうもなく、ご機嫌のまま立ち上がると、夕飯を作るから、クレスさんも食べていってくださいね、と言い残して階段をおりていった。
規則的な足音が小さくなっていく、部屋に取り残された2人の間には、気まずい空気と沈黙だけが流れた。
様子を伺い見るように相手に目をやるが、クレスは俯いたまま相変わらず床に視線を落としている。やがて下の階からチェスターの持ち帰っただろう紙袋をあさる音が聞こえてくると、クレスはやっと呟いた。
「僕だって、好きでこんな格好してるんじゃ・・・。」
落ち込みながら、しかし不機嫌そうに、聞こえるか聞こえないかの声で区切ると、再び黙りこくってしまう。チェスターは疲れたように溜め息をひとつついた。
「わーってるよ、またアミィに押されて断れなかったんだろ。」
クレスから視線を外して、足を崩す。クレスは頷くでも答えるでもなく、チェスターに首は下げたまま目をやった。
「お前のそのお人好しが、いつも自分の首絞めてるっていうか。だからこんな事になるんだよ。」
呆れきってそういうチェスターに、クレスが言い返せる言葉は無かった。気付かれないように小さく肩を落とす。
再び気まずい沈黙が場を支配すると、やがて下の階から食器同士が打ち合う音がしてくる。
参ったな、というお互いの声なき呻きを断ち切ったのは、隅に綺麗にたたまれ置かれたクレスの普段着を手繰り寄せたチェスターだった。自分の前まで引っ張ってくると、再び視線を逸らして頬杖をついた。
「いつまでもそんな格好嫌だろ。」
少々吐き捨てるような言い方だったが、クレスにとっては気遣うような物言いにも聞こえた。これ以上笑わないように目を逸らし、着替え終わるのを待とうとしている彼に、勘違いの感謝しながら、目の前の普段着に手を伸ばす。
クレスが肩掛けの結い目を解こうと手を浮かすと、チェスターが片手でそれを阻止した。始めはその行動を理解しかねたクレスだったが、やがてチェスターが自分に一瞬添えた手を離し、両手を胸元の結び目にやると、やっと彼の行動を把握した。
それに深い理由はない。単にこちらからでは解くのに手間取るのではないかと配慮した上での行動だった。
しかしチェスターの目は肩かけの細かな刺繍しか見ていない、これもきっと、吹き出してしまわないためだ。
胸元に触れるチェスターの指。撫でるような感触と温もりに少々慣れないくすぐったさを覚えながら、クレスは微かに目を伏せた。
ゆっくりと作業を進め、やっと結い目が解かれ肩掛けが身体から離れた。それと同時にクレスが相手を見上げたが、様子を伺う筈だった相手の顔は更に上へ移動してしまう。
チェスターが座った状態から腰を上げてしまってから、目の前に見えるのは相手の見慣れた衣服の合わせだけだった。
そのままクレスの後頭部へ腕を回す、横目にそれが見えた時には、チェスターの両手はクレスのバンダナの結い目を解くことに差し掛かろうとしていた。
なんだか赤ん坊にでもなったような気分が嫌で、後ろでうごめくチェスターの手に両手で触れ、自分でやると意思表示したが、クレスの片方の手を優しく包み静かに持ち上げると、そっと手を下ろさせ、作業を再開した。どうしようもないと言う風に呆気なく手を下ろして、チェスターの動きが止まって離れるのを待った。
やがて、ぱたりと肩に赤い布が降ってくると、やっとそのまま布を取り上げた相手の細い目と目があった。
きょとんと見上げるクレスの手に軽く畳んだそれを置きながら、そっと手の平を指の腹で撫でると、やっと身体を少し離した。
「さ、とっとと着替えちまえって、そんな面白い服。」
改めて親友の容姿を眺め、笑いを堪えてるつもりなのだろう、目を細め若干口角をつり上がらせながら、震える声で言った。
やっぱりこうして笑われるのは不服でしょうがなかったが、抗議するのも何だか面倒で、少し睨みつけるとすぐに俯いた。
チェスターが再びクレスの不機嫌に気付くと、耐えかねたように声を立てて笑いながら、「悪いって。」と腹を抱えた。
もう知るものか、と言わんばかりにそっぽを向いたが、それを阻止するように頬に何か暖かいものが触れ、元の視界に戻される。
チェスターはそのまま顔を近づけたかと思うと、クレスの頬を包む両手を両側に引っ張った。頬を軽くつままれるようにされて回らなくなった舌で、クレスが「いたたっ」と小さく悲鳴を上げた。
ぎゅっと目を瞑ってから、すぐにこちらを驚いたように見上げたクレスの頬を引っ張ったまま、一連の様子を見てチェスターがけらけらと笑った。
「なぁ、怒るなって。」
確かに、意志は関係なく面白い物を見たらつい笑いがこみあげてしまうことなんて解ってる、自分のこの姿が不自然な事も十分承知だ。
けれど当然こんな姿、他人は言わずもがな親友にだって見られたくない。心底情けないのだ、こんな服を着たことも、アミィちゃんの頼みを断りきれなかった自分も。
そして今こうして、こんな姿を親友の前に晒してしまっている事も。
自分の居ないところで、いくらでも笑ってもらって構わない。だからどうか今は自分を視界の外へ追いやってほしい。
今日、自分と会わなかった事にしてほしい。
それなのに、目を逸らしても解るほど、その青は真っ直ぐこちらを見ていて。
チェスターが相手の頬をつねっていた手を放し、そのままやんわりと頬を包み込む。指先を金色に絡めながら親指で頬を一度撫で、小さな声で名前を呼び掛けると、茶色の瞳は応える様にこちらを向いた。
視線が合うと、チェスターが目を細めて微笑んだ。
「お前がずっとその調子だと、俺の調子まで狂っちまうんだよ。」
「なら、笑わなくったって・・・」
「だぁからよ、もし俺が女物の服なんて着てたら気色悪いだろ。そんなもんだよ。」
クレスが黙り込み、考えるように宙に視界を泳がせた。ひらひらのドレスを着た親友が脳内を過ると咄嗟に俯き、先程相手にされたのと同じようにそれはもう盛大に吹き出した。
「な、てめぇっ!」
「あははっ、ごめんごめん。」
チェスターが再度ふざけるようにクレスの頬を引っ張ると、クレスも笑ったまま謝罪の言葉を述べる。そんなクレスの様子を見て、チェスターが安心したように微笑んだ。
そんなチェスターの微笑みに気付くと、クレスも途端に口を噤む。
クレスの頬から下ろした片手が、不意に彼の手に触れた。一瞬戸惑ったものの、すぐにその手を両手で包む。するとクレスも応えるように、もう片方の手をチェスターの手に添えた。
掌から如実に感じる体温に、得体の知れない安心感と胸の高鳴りが、一気に押し寄せた。お互い頬が熱くなるのを感じる、合わさった手から、速くなる脈さえ感じられるようだった。
こんな時には、どうすればいいんだろうか。こんな感情の時には・・・。
「ちょっと、お兄ちゃん?!また玉葱買ってこなかったでしょう!」
「い・・・っ!」
下の階から突然聞こえた怒鳴り声に、二人は思わずびくりと肩を震わせ、どちらからともなく必要以上に身体を突き放した。
咄嗟に階段の方を見て、下にいる妹に「あぁ、今から行く。」と、焦った声の相づちをうった。
階段から目線を床に落として俯き、座り込んだままお互いの顔を見ないようにした。
胸の高鳴りは収まらないが、色んな意味も含めて安心した。あそこで、例えその場の空気と無意識であろうと、少しでも顔を近づける動作をしてしまえば、確実に戻れなくなったに違いない。
(不謹慎だ・・・。)
短い沈黙の中で二人は全く同じ気持ちで、同じ事を考えていた。
===
「クレスも一緒に行くか?」
階段の降り際に、変な空気の後の気分転換にでもなるのではないかと思い、振り返って特にどうともしない風に声をかけた。
勿論、玉葱を自分で持っていたくない為荷物持ちにでも、というのも理由に含まれたのだが、クレスが座ったまま残念そうにスカートの端を持ち上げ、「こんな服では外へ出られない。」と行動で示すと、チェスターは特に笑うでもなく、思い出したように、あっと声をあげ、「悪いな。」とつぶやいた。
「ううん、いってらっしゃい。」
未だ二人の間の緊迫はとれていなくて、裏返りそうな声を慎重に押さえて言うと「ああ。」とすぐに目を逸らして、青色は階段をおりて行き、遠くに行く足音と共に消えていった。
さっきよりも静かになった部屋で、クレスは動揺する頭を覚まそうと両頬をつねった。しかしその瞬間、親友が頬に触れてきた以降からの全部が一瞬にして脳内を流れ、すぐに慌てて手を離した。
近くに放られていた自分のマントを頭からすっぽり被ってしまうと、先程の羞恥と、罪悪感が再び押し寄せる。
「不謹慎だ・・・本当に・・・。」
親友を相手に、あのとき、唇を近づけようとしてしまった自分。身体が動く前に第三者の声に救われたから良いものの、結果オーライ、というわけでもない。
きっと女の子の服なんて着ていたから、調子が変になったのではないだろうか。絶対そうに違いない、とこの時自分に言い聞かせたのは、彼だけではなかった。
そう考えていると、大分気持ちも落ち着いた気がした。二度とこんな罪悪感に苛まれない為にも、自分はこの服を無かった事にしなければならない。
マントで覆っていた視界からその赤を外すと、色んな感情を振りほどくように、目の前に見えた普段着に手を伸ばした。
===
Chester/Cless
相当展開が無理矢理ですみません・・・。
次はきちんと完成度高めてから上げます、お粗末様でした・・・!
どうでもいいんですが、女の子って男の子が女服着てたりとか、そういうきわどいの好きですよね、
ということと、女装クレスを見て爆笑するチェスターが書きたかったんです。(うわあ